メルジェス32ワールド、日本開催の可能性

Talk on Breeze : Vol.8 インタビュー

JSAF外洋計測委員長 吉田豊
JSAF副会長 植松眞
聞き手:高槻和宏
2012/08/15 蒲郡にて


「日本にメルジェス32の世界選手権を誘致すべし」
と、8月に蒲郡で開催された「ジャパンカップ2012」の取材時に吉田豊レース委員長から言われまして。
そんなタイミングで、ちょうど表彰式のプレゼンテーターとして蒲郡にみえた植松副会長。
自らもメルジェス32のオーナー/スキッパーであり、翌月ニューポートで行われる「メルジェス32ワールド」に出場するというタイミングで、

吉田委員長──ジャパンカップのレース委員長というより、JSAF外洋計測委員長という立場と考えた方がいいのか──のこの提言、
直接植松副会長にぶつけてみました。
現在のメルジェス32クラスはどんな感じなんでしょうか?


植松–メルジェスのワールドですかぁ。最初から否定的なところから入っちゃって申し訳ないんですが、
かなり難しいんじゃないですかね?
たとえば、競技艇の搬送はタダにしますとか、宿泊も全部こちらで持つとかしないと。

吉田–
そこまでですか。

植松– ヨーロッパの人からすると、一夏潰れちゃうじゃないですか。船を日本に持ってくると。
ケンウッドカップなんかも、ハワイでレースしたらいいのは分かっているけど、一夏潰れちゃうから。だったらヨーロッパに置いておいた方がいいだろうと。ILCのワールドってそうだったからね。(注1)

高槻– オーストラリア、ニュージーランドのオーナーからしたら、どうせ冬だからいいということで、ハワイまで遠征してたってことですかね。

吉田–
メルジェス32協会というのは、世界的な普及というのは考えて無いんですか? たとえば、極東にビッグフリートを造るとか。

植松–
そういう点ではね、考えてないと思いますよ。

吉田–
自分たちが楽しければいいと。

植松–
はい。だからほとんどの有力なオーナーは、アメリカ東海岸とヨーロッパでしょ。それをわざわざ日本に持ってきて世界選手権するっていっても、ヨーロッパで欧州選手権やってれば十分ってことになっちゃうんじゃないかなぁ。

高槻– それもね、有力なオーナーは米国人でも1隻はヨーロッパに置いてあるんですって。米国用は別に持っていて。

吉田–
はいはい、そういうことですよね。

植松–
だから、なかなか、ね。

吉田–
日本の将来のヨットの世界を考えてても、もう日本にある船は古い船ばっかしで、若い人達が興味を持つ船って、今、ないじゃないですか。
メルジェス32に乗っている人達に話を聞いてみたら、「乗ってて楽しい」「すっごい面白い」っていう話を良く聞く。しかも、若い人達もそういう意見を持ってて、興味はあるけど、日本の国内では遊ぶ場所がない、艇数が少なすぎる。だから、なんらかの形でレースを設けることで、日本国内での普及が進む。
たとえば、東半球選手権とか……まあ、名前は今思いつかないんですけどなんらかの国際的なレースを日本でやって、日本国内の普及を後押しするような施策がJSAFの中では必要なんじゃないですかね。

高槻–
吉田さんとしては、まずワールドをがーんとやることで、日本国内の艇数が増えるんじゃないかということですよね。

吉田–
J/24でも、ワールドやって全然違うでしょ。

植松–
いやそれは分かりますよ、必要なのは。ただ、先立つものがないですからねぇ、JSAFは。

高槻–
僕はね、日本じゃトラックで運ぶの大変だと思ってたんですけど、吉田さんの話では、日本でも大丈夫ですと。

吉田–
そうそう、20杯でも30杯でもいけますよ。

植松–
40ftのコンテナにも入るんだって。(注2)

吉田–
ああ、それならよろしいやんか。安いですよ。

植松–
だからね(もしも日本で世界選手権やるなら)たとえば20杯とかまとめてその部分出してよと当然言ってくると思うの。
あとね、メルジェス32そのものは新艇で20万ドル強なんだけど、メルジェスはハイエンドとローエンドの差が激しいので、……これね、また否定的な話になっちゃうんだけど、やってみて、メルジェスってあと3年だと思いますよ。

吉田–
ああ、そうですか。

植松–
っていうのは、これ僕の意見だけど、もうね、上の方は(一人で)3杯持っててセールはもちろん、日当2千ドルのプロセーラー乗っけてって感じでお金がかかる。そうなると下の方の人達はあと3年位で離れていくと思うのよ。(注3)
たとえば、今回ノースアメリカン行っても、エド・ベアードとかクリス・ラーソンとかいてさ、共通一次でいったら100点満点で95点くらい取れる人ばっかりでさ、後の5点の勝負なんだからさ。
タクティシャンだけじゃなくて、メインシートもね。プロが3人乗ってるってことは1日6千ドルかかって、だから1日ヨット出すのに8千ドルくらいかかるわけ。10日で8万ドルじゃない。なんだかんだで1レガッタほぼ10万ドル近い出費になるわけよ。そうするとさ、32ftのあの船で「えーっ」ってなる人いっぱいいるじゃない。でも、そこまでしないとなかなか難しいから……どーなんですかねぇ、って、僕は率直に思ってるんですよ。
だからこの頃、米国では(一世代前の)マム30がわりと盛んになって来てるんですよ。あれはね、メルジェス32の方からオーナーが流れてきているからだと思うの。

吉田–
あー、そういうことですか。

高槻–
逆にいうと、我々がマム30に乗っていたときはファー40があったから、そのての人はそっち行っちゃってたからマム30は平和だったんで。今度はメルジェス32よりもっとすごいクラスができたら、そのてのオーナー達はそっちに行くかもしれないですよね。

植松–
ただね、今ないんだよ、そういうクラスが。

高槻–
あのて(ファー40に乗っていたような)のオーナーからしたら、メルジェス32って小さくないですか。

植松–
そうでもないよ。
って意味はさ、「安くていいじゃん」って言ってる人がいっぱいいるのよ。いっぱいというか、5人~6人は。

高槻–
つまり、今「お金がかかる」って話してたメルジェス32が、安上がりだと感じる人達ってことですね。

植松–
そう。
それまでメルジェス32に乗っていた人はさ、やっとの思いでメルジェス買って乗ってたのにさぁ(笑)

高槻–
メルジェス32のオーナーって歳はいくつくらいなんですか?

植松–
60代が多いね。


高槻–
60才であの船乗ってるってすごいですね。

吉田–
そうね。確かにね。

植松–
あれでもね、ドライブは意外とね、歳取ってでもできるよ。だって、俺だって60だよ。

高槻–
あ、そうか(笑)

吉田–
でも植松さんね、なんか考えないと。

植松–
いや僕ね、言ってる意味はわかりますよ。

吉田–
でないともう、ほんとに古い船ばかりで、インパクトがないからなかなか若い人達が興味を持たない。

植松–
僕ね、JSAFに関して言うと、高槻さんが言ってたみたいに、トレーラブルでSB3とかメルジェス20でもいいと思うんですよ。和歌山あたりに、15隻から10隻でもいいからJSAFで買ってもらって、置いておいて、毎週レースやって、減価償却していって。和歌山なら

吉田–
それもいいけど、今クルーザー乗ってるオーナーさんがそれ乗るかというとそうはいかないでしょうね。
今の日本のオーナーさんは、やっぱり自分が持ちたい。で、レースやりたい。

植松–
メルジェス32でも良い選択だと思うけど、マム30とかも、やっぱり日本に10隻くらいないと。

吉田–
何か大きな大会やるといえば、10隻くらいは集まりますよ。僕が今聞いてるだけでも何人かいますもん。興味持っている方。

高槻–
メルジェス32?

吉田–
そう。ただ、レースが無いから買わないだけで。

高槻–
マム30はさすがにトラックで運べないでしょ。

植松–
無理無理。

高槻–
すると、メルジェス32。日本国内でやる分にはそんなにハイエンドな人は来ないだろうから。

吉田–
そう、そこまでハイエンドな人は来ないから。
まあ、そこまでいかなくても、たとえば2千万かかると言われればそこまで出す人はいますよ。
今、30ftから36ftを持っているようなオーナーさんは結構いはりますしね。

高槻–
植松さん、メルジェス32の日本協会作ったらどうですか。自分の艇をアメリカから持って帰って。

植松–
あのー、小さな声になっちゃいますけど、今度のワールド終わったら売ろうと思ってるから。(笑)

吉田–
僕らの世代は、78年のクオータートンワールドで、それまで見たことない世界だったわけで、船はそうだし、乗り手も。僕ら外人と一緒に乗って「こうやってヨットって走らすもんだ」ってすごいインパクトがあったし。そういう印象ってものすごく残ってるんですけど。今の若い人達にそういうインパクトがあるものを体験させてあげないと。

高槻–
それで、ワールドをぽーんと、という構想なんですよ。植松さん。

吉田–
いやもう、そういうもんしかないん違うかなって。
2001年にJ/24のワールドがあって、それからもう外洋関係はひっそりしてますからねぇ。

植松–
言うのは簡単だと思うんですよ。(一同笑い)
ただ、どういう条件なの?と言われたときに、船は全部運びます、宿はタダにします、どうこれで? と。

吉田–
でも、78年当時でもあんだけ海外から来たんですよ。

植松–
うーん。
ただね。クオータートンワールドって、オーストラリアとか香港とかから来ていたわけで。メルジェス・ワールドの場合は、オーストラリアは来てないし。来て1艇2艇なんですよ。

吉田–
あー、なるほど。

植松–
カリフォルニアもそんなにないんだよね。
アメリカの東海岸とヨーロッパがほとんどだから。
アメリカ西海岸というと、J105って感じ?

吉田–
まあね。
でも、J/24もほとんど賞味期限が切れてきて。……なんていうとJ/24に乗っている人に怒られるけど、レースそのものはいいとしても、日本国内でも参加者は減ってきている。ミドルボートはこないだ28隻でまあそこそこだけど、ジャパンカップは10隻。ミニトンも10隻~15隻がせいぜい。長期的にみるとやっぱり衰退傾向にある、と。その中で何か一発やらないと。

高槻–
すでに日本のオーナーも何人かメルジェス32で活動始めてますよね。

植松–
みんなアメリカに置いてあって、すぐレースできる状態になっているわけで。日本に持って帰って来るかはどうかなぁ。

吉田–
海外でレースやって楽しかったって話はよく聞くんですけど、同じような感動を日本で造れるようなら一回作ってあげて、と、まあそういうキッカケになればいいんじゃないかなと思うわけですよ。

植松–
メルジェス協会に投げかけるのはできると思うんですよ。来年(の世界選手権)はもう決まっているし、再来年も決まっているらしいの。だからその次だね。

吉田–
そりゃ、国内でも艇数増やすとなったら、1年2年じゃ無理ですからね。たとえば4年先でもいいんで、4年先に日本でワールドがあるんだったら、「やります」って方、けっこういると思いますよ。

植松–
うん、関西ヨットクラブなんか海面が合ってると思うよ、波が無いでしょ。相模湾は波があるからあまり向かないかもね、メルジェス32は。

吉田–
それじゃあ、是非とも。


ということで、なんとなく夢は繋がった形で対談は終了。

そして、9月25日からメルジェス32の世界選手権です。
http://www.nyyc.org/yachtracing/event_324
世界8ヶ国から35艇がエントリーし、日本からも、〈Esmeralda〉〈Mamma Aiuto〉〈Quetefeek〉〈SLED〉〈Swing〉〈Yasha Samura〉の6チームが出場。日本チームの活躍を期待したいところ。
結果しだいで、ワールド招致の夢はさらに近づくのではあるまいか、と。(2012/09/15記)


注1:かつて植松オーナーはハワイでワールドがあるということでILC40を建造したものの、話は流れて結局ギリシャ開催になったことがある。

注2:こんな感じ
http://www.youtube.com/watch?v=OS6tSp4Dv58
http://www.youtube.com/watch?v=7Bu4sSKEIFA
http://www.youtube.com/watch?v=FlX8KE84bPg
ちなみに、日本の道路交通法では、幅3.5メートルまでは、「制限外積載許可」が降りるらしい。メルジェス32は幅がキッカり3メートル。そのうえマム30と違ってキールが落とし込めるので全高もかさばらない。

注3:メルジェス32はクラスルールで3人までプロが乗って良いことになっている。オーナーが舵を持ち、プロのタクティシャン、メイントリマー、ヘッドセールトリマーが乗り込み、彼らの日当がソレということ。